スクウェア・エニックスの出版事業が歩んできた道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
当社の出版事業は、業界において後発ゆえに、その立ち上げ時、事業参入・少年コミックス誌参入と、2つの大きな壁に直面しました。
特に後者の『月刊少年ガンガン』創刊時は「漫画を作るノウハウも無いゲーム会社が、少年コミック誌なんて絶対に失敗する」と言われていました。
その中で、『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』の実績を謳い、創刊後の看板企画としてストーリー漫画『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』の連載や『ドラゴンクエストV』1,000本プレゼントキャンペーンを打ち出すことで、創刊号を成功に導くことができました。
創刊後も、アンケート分析など読者のニーズを誌面に反映させる努力を続けた結果、雑誌発行部数を維持し、その中から『南国少年パプワくん』『魔法陣グルグル』等のヒット作を生み出し、商業的に軌道に乗せるまでに至っています。
スクウェア・エニックス(当時、エニックス)の出版事業は、ゲーム会社の中の1部門に位置します。
その特殊性において、自社が持つブランドの利用を拒むことなく、出版展開における武器としてプロデュースする力があったからこそ、スタートラインに立つことができ、何よりも、そのブランドに頼りきることなく、愚直にマンガとしての面白さを追求し続けてきたからこそ、出版事業としての成功を収めることができたのだと感じています。
先に述べたアンケート分析以外にも、書店営業への注力、積極的なTVアニメ化など、独自の展開を行ってきました。それらはいずれも、逆境を打破するために必要なことを考えて取り組んだ結果、生まれたものだと思っています。
例えば、書店において、新規参入企業の作品を店頭に置いてもらうことはなかなか難しい。だからこそ、分析したデータを活用した取引先との交渉・店頭コーナー設置の提案、に力を入れたというように。
元々が売れない・売りづらい環境にあったからこそ、データ活用・書店営業・クロスメディア化、といった独自の強みを生み、その強みが、その後の出版不況においても当社の出版事業を大きく伸ばす結果に繋がっていきました。
『少年ガンガン』『Gファンタジー』『ヤングガンガン』『ビッグガンガン』『ガンガンJOKER』という5つの定期刊行雑誌に加え、オンライン誌『ガンガンONLINE』も成功させ、今では、出版社としての経験値を大分積み上げることができました。
また『鋼の錬金術師』『黒執事』『ソウルイーター』といった日本国内だけでは無く世界で通用するヒット作も生まれました。
その経験と実績に自信を持つ一方で、今後、違った難しさに直面するのではないかという危惧もあります。
これまでの成功体験や今の強みに甘えない、という難しさです。
前例が無い中で、新しい取り組みにチャレンジしてきた分、新しいこと・ものへのストレスは少ないのが、スクウェア・エニックス 出版事業の強みの1つです。そこに立ち返り、立ち止まることなく、今後は出版事業のさらなる成長に必要不可欠な、デジタル化やグローバル展開をより強化して行きたいと考えています。
その意味では、2017年にスタートしたiOS、Android用マンガアプリ『マンガUP!』は、既に累計DL数1700万を超え、ユーザー数、売上共に現在も右肩上がりの急成長を続けています。更に、過去作品の掘り起こしだけでなく、アプリにより新たに人気となる作品も複数登場するなど、従来のスクウェア・エニックスユーザーとは違った新規読者も獲得できています。
またピクシブ株式会社と立ち上げた協業レーベル『ガンガンpixiv』も「おじさまと猫」をはじめとした大ヒット作品が複数誕生するなど、大きな手応えを感じており、出版社として自社のフィールドのみに囚われることなく、新たなチャレンジを続けています。
2020年には北米に出版事業部を立ち上げて、自社レーベルでの英語圏への出版を開始しました。コロナ禍の中で困難の多いスタートとなりましたが、予想を遥かに上回る好調な滑り出しとなり、あらためてスクウェア・エニックス作品の可能性を感じることができました。
ただ、変化に対応する上で、絶対に忘れてはいけないのは、面白いマンガがあってこその、デジタル化やグローバル展開であるということ。事業の中核である「マンガの面白さ」の追求は、これからも変わることはありません。
出版事業への参入、少年コミックス誌への参入、オンライン誌の創刊。実はいずれも、会社方針として推進をしたものではなく、「それを展開したら面白いものができる」という社員の熱意から始まった取り組みでした。
熱意があり、それを完遂する意志があれば、任せる。スクウェア・エニックスには、そういう風土があります。
私自身、入社3年ほどで、それを体感し、「良い会社に入ったな」と感じたことを覚えていますし、現場の熱意を元に進んだ企画はその多くが成功しているように感じますね。
そして、面白さに対する熱意は、人と人との関係性における密度も生んでいます。
当社では、作家の先生の才能に、客観性を付加し、より面白い作品に昇華させるための伴走者として担当編集を位置づけています。あまり担当を頻繁に変えることはせず、1人の作家に1人の編集をしっかりつけ、二人三脚でのモノづくりを大切にしています。
それから、新人編集者の第一作が出るときには、編集と営業とで書店での施策を一緒に考案するなど、職種間の連携も絶えず取っています。部署・職種間の距離の近さは、業界内でも稀有だと思います。
これらは、当社独自の体制ですし、いずれも面白さを生み、届ける上での当社の大きなアドバンテージとなっています。
強い熱意、密な連携、これは今後の発展において必要不可欠ですし、働くメンバーや当社を目指す方にも強く求めたい要素です。